2010年11月19日

金と老婆

先日東京の神田のセミナーに参加してきた時のこと。
台風の影響で冷たい雨風が吹き付ける中、ガード下にホームレスのおばあちゃんが座っていた。
おばあちゃんは投げ出した両足に額をくっ付けるような姿勢で深く俯いたまま動かなかった。
頭に巻いた手ぬぐいから真っ白な髪がこぼれ落ちていた。

僕が足音を響かせながら側を通り過ぎた時も、おばあちゃんは全く動かなかった。
ほとんど生気を感じなかった。
もしかしたらもう亡くなっているのかもしれないと僕は思った。
急いでいたので足早にそこを通りすぎた。

セミナーはネットビジネスの方法を教えるものだった。
講師の一人が親しかったので、何となく出席してみた。
セミナー後の懇親会では、あたりまえのように月収100や200稼ぐ人がうようよしてた。
酒と料理を食い散らかしながらみんな金とビジネスの話をしていた。

「今起業家の間でバリに別荘建てるのが流行ってるんだよ」と稼いでるお方が教えてくれた。
1000万も払えばプール付きが建てれるらしかった。
その人がくれた名刺には、バリのプールでくつろぐ本人の写真が大きく印刷されていた。
「凄いですね!」酒に酔った僕は興奮しつつそれを聞いた。

したたかに酔って解散した。
帰りの電車がないと言ったら、仲の良い講師の方が泊めてくれた。
彼はネットショップとアフィリエイトで月300万くらい稼ぐ28歳だった。
家賃13万のアパートに猫を飼っていた。
でかいテレビを見ながらビジネスのことや趣味のことなどを夜通し話した。

翌朝疲れた体を引きずって山手線に乗り、秋葉原のネットカフェで少し仕事をした。
それから埼玉の友人の家へ向かった。
友人と飯を食い、wiiのマリオをプレイして笑い転げた。

深夜、布団に入って眠るとき、ふとガード下の老婆のことを思い出した。
ちょっとだけモヤモヤしたものを胸に感じた。
友人にそのことを話そうとしたが、すでに彼は寝息を立てていた。
僕は老婆のことを考え、翌日の遊びの予定のことを考え、朝食のことを考え、死んだように眠った。
posted at 01:45


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エントリー:金と老婆
2010年05月18日

気づいちゃったのである

ふと気づいちゃったのである。

毎日毎日、レジの前に立って、次から次へと押し寄せる他人たちが持ってくる商品を一心不乱に袋に詰め込んで、渡される小銭の数を懸命に数えて、いらっしゃいませ、ありがとうございましたと馬鹿の一つ覚えみたいに喋って、ダンボールをごそごそとひっかきまわしながら棚に商品を陳列しているうちに、ふと気づいちゃったのである。

あれれ。僕の1日は、自分を偽っている時間のほうが長いぞ?
やりたくもない作業をして、笑いたくもないのに笑って、好きでもない人たちの相手をしているうちに、1日の大半が過ぎ去っていくぞ?
これが働くってことなのかなあ?



僕は訊いてみることにしたのである。
毎日毎日朝から晩まで狭い店の中でウロウロしている店長に訊いてみることにしたのである。



店長、今の仕事楽しいですかぁ?


「まあまあ楽しいよ」


どの辺がですかぁ?


「そうだなぁ。良い接客するとお客さんも笑ってくれるからな。長時間かけてキャンペーンの準備して、目標値超えると嬉しいな」


そんなもんだろうかと僕は首をかしげてしまうのである。
客が店員に向ける笑顔などどこまでいってもお愛想である。
キャンペーンでいくら売り上げてもその売り上げは全て会社のものである。
彼は生活するのがやっとの給料を毎月受け取るのみである。
人生の大部分を労働に捧げて得られる対価としては、あまりにも貧弱にすぎると僕は感じるのである。

しかし、僕もまだまだ若輩。
人生経験は店長のほうが上である。
もしかしたら僕には見えないものが店長には見えているのかもしれないと、そう納得することにしたのである。


ある日、休憩室で店長と僕が休んでいた時のことである。
テレビで近頃話題の映画に関するニュースをやっていたのである。
ふと店長がこぼしたのでる。


「俺、映画監督目指してたんだよなぁ」

そうなんですかあ?

「高校卒業してすぐ専門学校行ったんだよ。結構勉強したよ。毎日3本くらい見てたなあ」

何でこの会社に就職したんですかあ? 映画全然関係なくないですかあ?

「専門学校行ってるときのバイト先だったんだよ。就職先が決まらなくて、どうしようかなあって悩んでるとき、地区長に誘われたんだよ。結構真面目にやってたからな」

映画監督やめちゃったんですかあ?

「そんな簡単になれるもんじゃないよ。しばらくは趣味で色々やってたけど、一緒にやってた友達がアメリカいっちゃって、それっきりだな。もうずいぶん長いこと映画なんて見てないな。最後に映画館行ったのはいつだったかな」



僕は気づいちゃったのである。
ふと気づいちゃったのである。

ああ、なるほど。
店長は自分を偽る時間が長すぎて、いつのまにか偽りの自分が、本当の自分とすり変わっちゃったんだな。
映画監督の夢は、毎月の売上目標に上書きされちゃったんだな。
古い細胞が新しい細胞に生まれ変わるように、長い長い時間をかけて、店長はゆっくりと別のものになっちゃったんだな。
僕も会社に勤めるようになったら、あのレジの前に突っ立って、お決まりのセリフをしゃべるだけの自分が、本当の自分になっちゃうのかな。

怖いなあ。怖いなあ。



結局僕は就職から逃げ出したのである。
周囲の声が入らないよう頑強に耳を塞ぎ、スーツ姿が目に入らないよう力いっぱい目を閉じて、あわあわと叫びながら身も世もなく逃げまくったのである。
ようやく息が切れて立ち止り、恐る恐る瞼を開いてみれば……



ずいぶんと妙ちくりんな所に迷い込んでしまったものである。
posted at 23:10


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エントリー:気づいちゃったのである
2010年04月27日

売上の奴隷

以前も書いたが、雇われ店長は悲惨だ。
ネットビジネスというものを知る以前から、僕は死んでも店長職にだけはならないと固く心に決めていたものだ。
本社から無理なノルマを課され、日々追い立てられるようにして働き続ける店長の姿が、今も僕の脳裏に焼き付いている。


店長は売上の奴隷だった。
毎日の売上に一喜一憂し、二言目には売上、売上と呟き、棚の位置をひとつずらすのでさえ何日も悩んだ。

ちょっとガラの悪い高校生が集団で来たりすると、「おい、万引きっ、万引き気をつけろよ」と僕に耳打ちして、自分も彼らのそばで商品を整理するふりをしながら監視を始めた。

極端に客が少ない日には売上を増やすために、自分でカゴいっぱいにポテチやら飴やらジュースやらを買って帰った。
(僕はそれを見てドン引きした)

そんな日は月に何回もあった。


バイトが休めば自分の休みを削り、忙しい時期は遅くまでサービス残業。
客が怒ればたとえ非がなくても下僕のように平身低頭謝り、本社から役員が来る時は戦々恐々として、額に汗を浮かべながら視察に来た上司におもねっていた。
朝は開店の一時間も前から出勤して事務をし、開店の時間になってからようやく出勤のタイムカードを押した。


まさに彼の全身全霊をかけて生み出す利益だ。
そのほとんどは会社に吸い上げられているという事実に、彼は気づいていないのか、それとも気づいていながら目をつむっているだけなのか。


あるとき、彼の給料の額について聞く機会があった。
それは彼が10年以上もの長い歳月をかけてコツコツと昇給を積み重ねてきた数字だったが、お世辞にも多いとは言えなかった。
僕はネットビジネスを始めて半年でそれを追い越してしまった。
資本主義社会では特に珍しいことでもないのだろうが、なんだか少し無残なものを感じる。
赤の他人を儲けさせるための努力しかしてこなかった彼と、自分の収入を増やすための努力をした僕との違いかもしれない。


しかし彼はもう、そんな生活にすっかり慣れ切ってしまっていた。
特に疑問を抱くこともないようだった。
夢も、趣味も、文化も、思想も、社会への関心も、成長への欲求もなく、ただ「売上」と「疲れた」という言葉を交互に繰り返し、帰宅後のビールだけを楽しみに1日を過ごす生き物。


彼はこれからも店の売上のことばかりを悩んで生きていくのだろう。
会社を太らせるために費やされた彼の膨大な人生の時間は二度と帰らない。

せめて定年後の残されたわずかな時間、彼が幸せな余生を過ごせると良いと思う。
posted at 05:59


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2010年04月16日

成長についての考察

ブラック会社の経営者や社畜と呼ばれる人たちは、よく成長という言葉で悲惨な労働環境を正当化する。
曰く、これは犯罪などではなく、人間的に成長するための試練なのだと。


勤勉な一般的日本人はその言葉を鵜呑みにし、俺は成長しているんだと自分に言い聞かせながら、唯々諾々と労働で人生を消費していく。
でも、ちょっと立ち止って考えてみたほうが良いと思う。


会社や社畜が成長と呼ぶそれは、自分や自分の家族をを幸せにするためのものか?
それとも雇い主の会社を幸せにするためのものか?


確かに人よりも仕事ができるようになれば、客観的には成長しているように見えるかもしれない。
しかし、その成長が自分や自分の家族の幸福に全く寄与しないとしたら、その成長に価値はあるのか?


僕自身、いくつかアルバイトはしたが、それらの仕事はただ日々生活するための手段でしかなかった。
レジを正確に打ったり商品を素早く袋に詰めたりできるよう努力はしていたが、店長から「お前は成長した」ほめられたところで、だから何だ、としか思えなかった。
僕にとってレジを打つスキルは、鼻クソをほじるスキルやケツを拭くスキルと大差はなかったからだ。
それらは明確に僕の幸福とは関わりがなかった。


たとえばこの動画を見てほしい。





店長たちは、強面の上司に威嚇されながら、売上を伸ばすと誓いを立てる。
実際に彼らは大声で接客がするスキルや、顔面を笑みの形に変形させるスキルや、部下を忠実な下僕のように育て上げるスキルを身につけるだろう。
夢、趣味、家族、時間、個性といった多くの大切なものを犠牲にしながら。
時には上司から「お前は成長した」とお褒めの言葉をいただくこともできるかもしれない。



しかし、その成長の受益者は誰だ?


雇い主の会社だけじゃないか?


彼らがいくら売上げに貢献したところで、せいぜい残業代にも満たない程度のご褒美をいただくのが関の山。
残った利益はさらに会社をでかくするために使われるか、上役のポケットに入る。
俺は会社に奉仕しているという自己犠牲的な満足に幸福を感じるならそれでもいいかもしれないが、店から一歩出れば糞の役にも立たないスキルを習得するために膨大な時間を費やせるほど、彼らの一度きりの人生の価値は低いのだろうか?


そんなはずはないと思うけど。


posted at 17:39


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エントリー:成長についての考察
2010年04月13日

会社

先日会社を作った。
税金対策である。

ここ数年、ずっと会社に雇用されることを恐れていた。
周囲の学生たちが就職活動に血道をあげ、行く先々の会社へちぎれんばかりに尻尾を振っている中、僕はひたすら目と耳をふさいでがむしゃらに就職から逃げ回っていた。

いくつかのアルバイト先で屍同然の社員たちの生活を目の当たりにし続けた僕にとって、いつしか就職することとは自殺することと同義になっていた。
わずかばかりの月給と引き換えに会社に人生を売り渡す人たち、そしてそれを当然のことだと平気な顔をして受け入れられる人たちが、僕には全然理解できなかった。
僕の人生は会社にくれてやるには貴重すぎた。


母親には息子の気が狂ったと言って泣かれ、親戚には説教され、教授には匙を投げられ、4年付き合った彼女には振られた。
小説家になりたいと思ったが、投稿した力作は一次審査であっさり落ちた。
講義に出ずに小説を書いていたから留年も決まった。
バイトで溜めた学費は親にパチンコですっかり使われてしまい、休学を余儀なくされた。

相変わらず単純労働に汗を流しながら、絶望的な気分で日々を過ごすうちに、ふとネットビジネスのことを知る機会があった。
何の知識も経験もなかったものの、高額な教材を買い、藁をもすがる思いで取り組んでみた。
最初は月数万円程度の利益だったが、ある時期を境に爆発的に収入が増え始めた。
4ヶ月目で月収100万を超えた。

あまりの環境の変化についていけず、僕も家族もポカンとしていた。
ほんの数か月前まで時給700円でレジで打っていた僕にはあまりにも非現実的な数字だった。
でも、現実だった。

1年間で1600万円売り上げた。
会社に雇われることを恐れていた学生は、なぜか会社を作る側に回った。
資本金100万、社員1名(僕)。
吹けば飛ぶ零細企業だけど、一国一城の主になった。
全てのルールは自分で決められた。

誰も就職しろとは言わなくなった。
働くも働かないもすべて自分の自由になる環境が訪れた。

いくら仕事をサボっても誰にも何も言われない。
寝不足の目をこすって出勤する必要もない。
仕事をすればするだけ収入になる。
平日の昼間から温泉につかる。
ふらりと気が向いたら旅行に行く。
趣味の音楽や小説に没頭する……。

とにかく時計やカレンダーを気にする必要がなくなった。
エントリーシートや面接の出来が人生最大の心配事になっている学生たちや、毎朝の毎夕電車に殺到する灰色のスーツの群れに交じると、なんだか自分が全く別の社会に住む住人になったような気がした。


ただ、自分で稼ぐということは、何も保証がないということだから、常に漠然とした不安はある。
稼ぎ続けなければならないという重圧。
こればかりは逃れようがない。
それこそ一生分のお金をさっさと稼いでしまわない限り。

でも、仕事自体は面白いから特にストレスにはならない。
半ば趣味みたいなものだ。
目標も、作業内容も、稼ぐ金額も、働く時間も、すべて自分で決められる。
会社に雇われて時間や目標を徹底的に管理される労働者とはまったく別の論理で動く世界だ。

収入は安定はしていないし、将来的にはどうなるかはわからないけど、安定だけを生き甲斐に奴隷みたいに働いていた以前のバイト先の社員たちよりは、人生を楽しめているんじゃないかなとは思う。
posted at 01:31


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エントリー:会社
2009年10月25日

就職することのリスク

僕がネットビジネスだけで食べていくと宣言したとき、周囲は憐憫と侮蔑の入り混じった目で僕を見た。

当時僕はせどりというビジネスでどうにか月15〜20万を稼ぐ程度だった。

誰も応援などしてくれず、皆リスクが大きすぎるからやめておけと分別臭い顔をして僕を諌めた。

今は稼げていても、将来はどうなるか分からない、ちゃんとした会社に就職をして給料をもらえ。

それが彼らの口癖だった。

それでも絶対に就職はしないと言うと、母親は息子の気が狂ったと言って泣いた。

賃金労働を崇める親親戚の中にあって、僕はただの異常者に過ぎなかった。



そして現在、僕は普通のサラリーマンよりもはるかに大きな金額を稼ぐようになった。

あまり稼いでいる稼いでいると自慢げに吹聴して回るのも子供じみているので、親戚にはかなり控えめな金額を伝えているが、それでも僕の仕事を認める人たちも出てきた。

両親にとって僕は異常者から英雄に昇進した。

しかし年配の親戚などは、やはり僕の仕事をリスクが高いと言い、ことあるごとに就職をすすめてくる。

もちろん僕は今の仕事が気に入っているので、就職なんかする気はさらさらない。

金銭的・時間的自由をあえて捨て、個性や感性を徹底的に圧殺されるこの国のふさげた労働環境へ自ら飛び込んでいくことなど、正気の人間のなせる業ではない。




僕は常々疑問に思っていることがある。

リスクリスクと彼らは言うが、一度きりの人生、その大半を会社に支配されることはリスクではないのだろうか?

最低限の衣食住さえ保証されればそれでもう万事OKなのだろうか(まあ保証されていると信じているあたりお目出度いが)。

趣味も夢も家族も友人も二の次にすることを強要され、ただ生活を維持するのがやっとの賃金のために、会社の言いなりになって来る日も来る日も黙々と働く。

それを当然のことだと自分に言い聞かせ、人間の最も輝かしいはずの時期を労働で消費し尽くす。

そんな生活を受け入れることは、僕にとっては自殺もののリスクだ。

皺くちゃに老いさらばえてから与えられる自由にどれほどの価値がある?



僕らはいずれ近いうちに死んで消滅するのだから、せめて命のある間くらいは自分らしく生きたいもんである。

会社にくれてやるには、僕の人生はちょっと貴重すぎるよ。
posted at 03:27


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エントリー:就職することのリスク
2009年10月20日

脱サラした

先月末の話だが、兄がついに脱サラした。
これまで何度か触れてきたとおり、兄は32才で妻子もちであるにもかかわらず、手取り20万ほどで雇われ店長をやっていた。
毎日サービス残業4〜5時間は当たり前、ボーナスもなく休みも週に一日しかとれない、典型的なブラック会社だった。

ちょうど僕が月収100万を達成したころ、兄も僕の仕事に興味を持ち始め、ネットビジネスのやり方を教えてくれと頼んできた。
さすがに僕も兄をかわいそうに思っていたから、数日かけてイチから教えてみたところ、いきなりその月に50万以上売上げた(ただし経費が40万)。
二ヶ月目には売上100万を超え(経費60万)、あっさりと利益が会社の給料を上回った。

現金などもっていないくせに、クレジットカードで初月から何十万も投資するあたり滅茶苦茶だが、まあ結果オーライだろう。
まったくリスクなしで人生変えるなんてそもそも不可能だ。

今彼は毎日昼過ぎまで寝て、映画見たりネットカフェ入り浸ったりゲームしたり、存分に怠惰を味わっている。
が、さすがにそろそろ暇を持て余してきたらしい。
しょっちゅう娘を連れて用もないのにうちへやってくる。
この前一緒にお好み焼きを食べに行った。
寿司は食い飽きたと言っていた。
抑圧されていた反動か、最近兄は金遣いが荒い。
posted at 04:15


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エントリー:脱サラした
2009年10月10日

自由

最近自由を少し持て余してきている。

とにかく時計が必要のない生活だ。

寝たい時間に眠り、起きたい時間に起き、遊びたいときに遊び、食べたいときに食べ、気が向いたときにちょっとだけ仕事をする。

が、僕は自由でも友人などは皆仕事があって、普通に残業残業していたりするわけで、結局僕は一人で何かをしているしかない。

本を読むのは好きだが、毎日毎日朝から晩まで本を読んでいられるはずもなく、エレキベースを買って音楽をはじめてはみたものの、何時間も弾いてると指が痛くて続けられなくなる。

一応小説で賞をとりたいという野望はあるのだが、最近ちょっと行き詰ってしまい、筆が止まっている。

漫画喫茶に通うのも飽きた。

日々に何か変化が欲しいのでる。

かといって自分から何かに雇用されようという気はまったくない。

残業サラリーマンを羨ましいとはちっとも思わないからだ。

今の生活もなんとなく満たされていない感じはあるが、僕が昔勤めていたアルバイト先の社員よりは幸せである自信がある。

毎日毎日変化なく奴隷労働というのは、もっとも忌むべき生活スタイルのひとつだろう。

音楽学校にでも行って真剣に音楽の勉強をするのもいいかなとも思っている。

音楽もやり始めるとかなり楽しい。

まぁさすがにこれは費用がでかいので、もうちょっと様子を見るが。

今月は一人であちこち旅行してみるつもりだ。

友人に誘われて再度東京にも行く。



先日24歳になってしまった。

刻々と中年と呼ばれる時期が近づいてくる。

人生の最も輝かしい時代を、無意味に消費したくはない。

労働だけで終わらせるなんて言語道断である。

若いうちにしかできないことを、たくさんやっておきたい。

posted at 23:30


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カテゴリー:日記
エントリー:自由
2009年07月26日

夢は働かないこと

あなたの目前の夢は? 20歳の63%は「就職すること」
20歳の人にとって、目前の夢は何だろうか? ビザ・ワールドワイドの調査によると、最も多かったのは「就職すること」(63%)、次いで「海外での経験/体験」(10%)、「社会貢献」(4%)であることが分かった。

 「卒業を控える人が多数いる20歳にとって『就職』というのは、目前にある夢であるとともに『なりたい自分、やりたいことを達成する』ための第一歩と言えるかもしれない」(ビザ・ワールドワイド)

http://money.jp.msn.com/newsarticle.aspx?ac=IT20090721035&cc=07&nt=25




僕の夢は就職しないことだった。

だから、こうしたニュースを目にするとほとほと驚嘆させられる。

来る日も来る日も朝から晩まで同じような業務を繰り返し、上司や客のご機嫌取りに血道をあげ、些細なミスも許されず、趣味に傾ける時間を奪われ、家族・恋人・友人すらも二の次にして、一度しかない人生を赤の他人が経営する会社のために消費する……。

どうしてそんな生活を手に入れることが夢だと信じられるのか。

僕にはちょっと、理解に苦しむ。

会社で雇われる以外の選択肢なんて存在しないかのように目隠しをされて成長してきた結果だろうか。

親や教師の言うことを疑ったこともない「真面目」な子供たちは、日々学校で血と肉でできた働く機械になるためのスキルを磨き、大人になった途端会社という懲役施設の中へ喜び勇んで飛び込んでいく。

なんとも嘆かわしい話である。

資本主義成立以来、あらゆる国で繰り返されてきた悲劇である。



ポール・ラファルグの「怠ける権利」という本を読んだ。

彼はマルクスの娘婿で、1日12時間〜14時間労働が普通だった当時において、1日3時間労働を提唱した異端者である。

「怠ける権利」「資本教」「売られた食欲」という三部構成だが、全編にみなぎる労働への憎悪は凄まじいものがある。

このブログに共感できる方ならまず楽しめると思うので、ぜひ読んでみていただきたいものである。
posted at 05:33


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エントリー:夢は働かないこと
2009年07月14日

労働教

僕は文芸部に所属していた。

狭い部室の一角に、ゲームコーナーが設けられていた。

小さなテレビが2台並んで置かれ、部員が持ち寄ったプレステやニンテンドー64などのゲームがところ狭しと並べられていた。

昼休みや夕方になると、男たちがどこからともなく蛾のように集まってきて、ゲームコーナーは賑わった。

その頃、文芸部の部員は次の3つのタイプに分かれていた。

1つめは、文芸部のくせに小説などほとんど読まず、ひたすらゲームをするために部室に通いつめる者。

2つめは、部室を勉強や団欒、空きコマの時間つぶしの場として使用する者。

そして3つめが、小説を読んだり、執筆したりするために部室を使用する者である。

僕は3つめのタイプに属していたが、これはもっとも少数派であった。


部室は読書の場としては必ずしも良い環境とはいえなかった。

すぐ近くのゲームコーナーではでかい大人たちが絶叫し、身体をぶつけ合い、コントローラを奪い合っているのである。

やけに太った男とガリガリの男が多く、夏場に近寄ると強い汗のにおいが漂ってきた。

よく部室に入ってきた女たちが「くさい、くさい」と喚いて窓を開けていたものだ。


その頃僕は小説で賞をとるために必死で、少しでも時間が空けば小説を読み、バイトの合間をぬって執筆に明け暮れていた。

テレビの前で気ちがいのよう笑い転げる男たちを尻目に、同じ文学を志す友人と議論を戦わせたりもした。

僕にはあまりにも時間がなかった。

なんといっても通常の学業に加え、毎日8時間以上の貴重な時間を皿洗いのために空費していたのである。

疲れ果てた体に鞭打って、夜遅くまで小説を書いた。

僕の作品を激賞してくれる文学教授もいた。

僕にとって小説家になることとは、夢であると同時に、この国の異常な労働システムから抜け出す唯一の道だった。

親の仕送りを受けて、朝から晩までゲームをしている男たちのことを、僕は羨ましく思う一方、軽蔑もしていた。

彼らの人生はそうして暇つぶしをしているうちに終わるのだなと思っていた。



大学四回生の春、僕が部室のパイプ椅子に座って小説を読んでいると、就職の話題が出た。

ちょうどその数日前、大学の近くで合同企業説明会が開催されており、その場にいた僕の同回生は皆それに参加していた。

参加しなかったのは僕だけだった。

周りの人間から、参加しなかった理由を色々とたずねられた。

会社に雇用される以外の選択肢など想像さえしたこともないような学生たちの中で、就職活動に不熱心な僕はあまりにも異端だったのである。

僕は会社のために働く機械にはなりたくないということ、自分の趣味も大切にしたいというようなことを答えた。

すると、それまで背中を丸めてゲームをやっていた僕と同回生の男が、「君ってほんとにダメな奴だよな」と蔑むように呟いたのである。

彼は暇さえあれば部室でゲームをし、コントローラをガチャガチャいわせてけたたましく笑う男たちの一人だった。

「お前に言われたくないよ」と僕は反射的に言ってしまった。

すると彼は、「俺就職するし。もう内定もらってるし」と勝ち誇ったように笑ったのである。

普段は温厚な僕も、このときばかりはぶちキレそうになった。

手に持っていた小説が、力の入れすぎで大きくたわんだほどである。

自分を高める努力など何もせず、ゲームで時間を潰すことしかしてこなかった男が、名もない企業から内定をもらったという、ただそれだけのことで僕のことを見下したのである。

賃金労働者としての身分を約束されたことが、それほど誇らしいことなのか?

ぶん殴ってやろうかとさえ思ったが、怒り出したところで誰にもそれを理解してもらえないことは分かっていたので、黙って引き下がるしかなかった。

今思い出しても腹立たしい話である。


その後、彼は卒業し、僕は大学に残った。

今頃彼は月給20万かそこらの賃金を得るために、来る日も来る日も会社に自分の労働力と時間を提供しているのだろう。

念願の労働者になれて、彼は今満足だろうか?

一度会って訊いてみたいものである。


posted at 03:49


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エントリー:労働教
2009年06月29日

売上300万アップの見返り

僕の兄は食料品店で店長として働いている。


今年のGWに、兄とは別の店の店長が、売上をアップさせるため大々的なキャンペーンを行うことを決めた。

その店長はキャンペーンの準備のため、4月下旬はほとんど休みをとらずに働き通した。

キャンペーンが始まると、彼はあまりの忙しさに家に帰ることもできなくなった。

GW中は店に寝泊りし、1日の労働時間は15-16時間に達した。

その甲斐あってか、その店の売上は前年のそれを300万円近くも上回った。

景気が低迷する中、目をみはるような快挙である。


その後、彼は社長に肩を叩かれて誉められたものの、昇給や昇進などの話は一切なかった。

もともとボーナスなどは存在しないし、残業代もゼロだから、彼の見返りは誉め言葉以外に何もなかったことになる。

さすがにこれは酷いと、兄は上司に掛け合い、こんなことでは仕事の何にやりがいを見出せばいいのか分からないと訴えた。

するとそれが伝わったのだろう。

数日後、社長が手柄を立てた店長のもとへ訪れ、にこやかに笑って彼に金一封を手渡した。

300万円売上アップの褒章である。

兄は後日、その店長と出会った際、社長からいくらもらったんだと彼に聞いた。

彼は情けなさそうに笑って、4万円と答えた。

残業代にしかならなかったのである。



その話を聞いた兄はすっかり労働意欲を失い、最近はよく営業にでかけると言って職場を抜け出しては、僕のところにネットビジネスを学びにくる。

まだ初めて1ヶ月ほどだが、僕が手取り足取り教えているので、すでに20万近い利益が確定している。

もともと手取りが20万くらいなので、1ヶ月で収入がほぼ倍になった計算だ。

普通に勤めていたら多分、10年死ぬほど働いても無理な話だ。

兄はもう有頂天で、はやくも会社を辞める算段を始めた。

が、マンションのローンを返してからにしなさいと嫁に止められたそうで、この前会ったときに少し塞いでいた。

posted at 02:09


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カテゴリー:日記
エントリー:売上300万アップの見返り
2009年06月19日

時間の感覚が薄れる

大学に入学すると、僕は時間に拘束された生活というものにだんだん馴染めなくなっていった。

中学・高校の頃はほとんど遅刻などしたことがなかったのに、大学では日々寝坊を繰り返し、午前中の講義は壊滅状態だった。

午後の講義も、教室に向かうのはいつもギリギリの時間だった。

周りの学生たちが息を切らして駆けずり回るのを白けた目で見ながら、僕はゆうゆうと歩いて数分遅刻して教室に入った。

別に遅れたからといってどうということもなかった。

講義が始まる15分前には教室に向かい、ノートの準備をしておとなしく教授がやってくるのを待つ"真面目"な学生たちを見ると、僕は何か畏怖に近いものを感じた。

親も教授も店長も彼女もそうした僕の時間に関する無頓着を責めた。

ロクな社会人になれないと何度となく言われた。

僕自身、何かの精神病なのではないかと不安に思うこともあった。

結局、彼らの予想通りだった。

僕はロクな社会人にはならなかった。

学生生活を送る中で、ロクな社会人というものがそれほどロクなものではないということを知ってしまい、別の道へ進むことにしたのだ。


手に入れたのは、ほとんど時計を必要としない生活だった。

眼が覚めたときが朝であり、眠くなれば夜だ。

寝坊をしても問題はないし、夜更かししたところで次の日に何か義務が控えているわけでもない。

とはいえ、寝すぎるのも何かもったいない気がするので、だいたい8時間ほどで目覚めるようにしている。

好きな時間に仕事をし、好きな時間に休憩を挟み、好きな時間に仕事を切り上げる。

昨日はどっさり漫画をレンタルしてきて、ほとんど仕事もせずに1日中読みふけっていた。

もちろん誰も咎める者はいない。

一見自由気ままに見えるこの生活だが、拘束するものが何もないということは、なかなかどうして淋しいものである。

posted at 04:25


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エントリー:時間の感覚が薄れる
2009年06月11日

資本主義ってなんだ?

ここ3日で24万ほどの報酬があがっていた。
なんだか狐に化かされているようである。
本当に入金されるのだろうかとも思うが、先月も先々月も入金されたので、恐らく入金されるのだろう。

先日友人と久しぶりに会った。
彼は少女漫画家志望の土方というなんともギャップのある人物なのだが、
給料日直後だったらしく、ずいぶんと嬉しそうにその話をしていた。

先月はたくさん残業したので、手取りで20万近い金額を頂いたということだ。
普段手取り16〜17万で働いている彼にしてみれば、2〜3万円の給料の違いはまさに一大事なのだろう。

彼の仕事は話に聞くところによるとずいぶん過酷だ。
毎日朝五時に起きて現場に向かい、重い資材の運搬に汗を流し、時には高所にのぼり危険な作業もする。
一日中屋外にいるので顔は黒々と焼け、腕の筋肉は発達してほとんど丸太である。
そうして1ヶ月間、苛烈な労働に身を捧げたご褒美として、彼は十数万円というお金を手にすることが出来るのである。

一方僕はというと、毎日昼ごろまで惰眠を貪り、それから朝食とも昼食ともつかない食事を取って、パソコンに向かい仕事を始める。
メールの返信や情報収集、ブログ・メルマガの更新などをだいたい1-2時間で終え、それからさらに1-2時間程度サイトを作成したり、収入源の広告をいじったりする。
だいたい夕方までにはすべて終わるので、そこから先はもう自由に遊んだり、ネットサーフィンしたり、本を読んだりしている。
もうちょっと仕事をしたいなと思えば仕事をすることもあるし、気が乗らなければしない。

こんな生活を3日続けるだけで、いつのまにか友人の月収をはるかに上回る金額の収入が発生しているのである。


もちろん、これは嬉しいことである。
幼い頃からずいぶん貧乏を続けてきたから、お金のありがたみは知っているつもりである。
親の借金も返さねばならない。

しかし他方で、こんな馬鹿な話があって良いのだろうかとも思う。

そりゃ僕も自分の仕事にプライドはある。
ここまで稼げるようになるまでは苦労したし、教材などにもかなり投資した。
誰よりも早く良い情報を届けたいと思ってブログやメルマガも一生懸命書いている。

ただ、それは友人も同じはずで、現在の技術を習得することは生半可なことではなかっただろうし、本当に良いものを作りたいと思って日々労働に汗を流しているのだろう。

彼の労働と僕の労働の間に、貴賎の差はないはずである。
それなのに、なぜこれほどまでに収入の差が生まれてしまうのか。
僕に100万の収入が与えられるのであれば、彼にも100万の収入があってしかるべきである。
いや、投下されている労働量を鑑みれば、僕の収入の10倍くらいあってもおかしくないだろう。

しかし事実はそうなっていない。

これはどうにも理不尽なことのような気がする。
友人の方がはるかに労働というものに対して人生の大きな部分を費やしているにも関わらず、その対価は僕よりも圧倒的に少ないのである。


もちろん、中にはもっと極端なケースもある。

僕はメールを何回か送信するだけで月1000万以上稼ぐような人を知っているし、ほとんど働いていないのに月数百万の不労所得を得ている人も知っている。

かたや、いくつもバイトを掛け持ちして、朝から晩まで労働に支配されているにもかかわらず、住む家さえ与えられない人たちもいる。


この格差はなぜ生まれるのだろうと思うと、やはり資本主義というところにぶちあたる。

自分で色々情報を集めていて思うが、このシステムは努力した者よりも、抜け道を見つけたものが勝つシステムである。

僕は天才でもなんでもない普通の人間だし、友人も僕より優れた部分をたくさん持っているが、僕が敷かれたレールを少し外れてみただけで、二人の間にはこれほどの収入の差が生まれてしまった。

収入が多いということはそれだけ人生を豊かにするチャンスを与えられているということであり、収入が少ないということはそれだけ人生を豊かにするチャンスが失われているということである。


なんともふざけた話ではないか。

誠実、努力、勤勉、そうした概念の尊さを真っ向から否定する現象である。

より多くの苦労を支払ったのなら、より多くの対価が与えられるべきじゃないのか。

そうでないと、親や教師が教えてきた「仕事=崇高」の原理を信じて、一生懸命自分の人生を労働に捧げている人たちは、いったい何に救いを見出せば良いのか。

俺はよく頑張った、という老後の自己陶酔?

それとも死後の世界?



しかし、こんなことをつらつらと考えるあたり、やはり僕は本質的に共産主義者なのだろうか。

ネットビジネスなんかをやっておきながら?

そうすると、共産主義者が資本主義の尖兵を務めているということになるね。

いや、滑稽、滑稽。



でも、僕は志位委員長の容姿が好きじゃないから、共産主義者にはなれないよ、多分。

posted at 03:31


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カテゴリー:日記
エントリー:資本主義ってなんだ?
2009年06月07日

爆発

こちらの更新はずいぶんご無沙汰していた。
しばらくネットビジネスのほうに意識を傾けていた。
どうやらそれも落ち着いてきたので報告する。

以前、僕は夏中に月収50万を達成することが目標だといっていた。
3月の時点では月収30万以上あったが、サラリーマンと違ってボーナスや福利厚生は一切ないことを考えると、どうしても50万くらいは欲しかった。

会社の雇用下で奴隷のように働く人間をいくら非難したところで、自分の食い扶持も自分で稼げないようでは人に笑われるだけである。
何の説得力もない。


で、結論を言う。
先月の収入は100万円を超えた。
嘘でもなんでもない。
月収100万である。

2009-06-07_174140.jpg

126万。

このうち30万弱が経費だが、もうひとつせどりというビジネスを平行してやっているので、合計すると純利益はゆうに100万を超える。

別に1ヶ月間ずっと家にひきこもり、ひたすら朝から晩まで働いていたわけでもない。

ゴールデンウィークは友人と石川へ旅行をして遊び呆けていたし(その間にも10万以上の利益があがっていた)、大学にも通っている。

月半ばはけっこう頑張っていたが、後半は1日4時間程度パソコンを叩くだけだった。
しかも、ブログを更新したりメルマガを発行したりと、たいていは自分のやりたいことをやっていただけである。
休みたい日は自由に休み、働きたいときだけ働いた。

そうして、月収100万である。

月収50万どころの話ではなかった。
しかも、夏になる前に達成してしまった。
ちょっと自分でも驚いている。
なんだか世の奴隷サラリーマンの方々に申し訳なくなるくらいである。
今月もすでに20万ほど利益が出ているが、別にたいしたことをしているわけではない。
ブログ・メルマガを数回更新し、メインである広告を少しいじっただけだ。

もう就職する気は完全に失せた。
月収100万の自由な生活を捨てて、手取り十数万で奴隷のように働く?
ほとんどギャグである。
以前はあれほど就職しろと口を酸っぱくして文句を言っていた親親戚も、ついに何も言わなくなった。
それどころか、期待の眼差しである。
調子の良い人たちだ。


就職しなければダメ、なんてのは完全な嘘っぱちである。
この国の歪んだ風潮に騙されてはいけない。
趣味、家族、個性、そうしたあるゆる大切なものを犠牲にして、低賃金で奴隷のような労働に従事しなくても、自由に生きていく方法はいくらでもある。

僕はたまたまそのうちのひとつを見つけただけだ。
あなたもぜひ騙されないようにしていただきたい。
posted at 18:07


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カテゴリー:日記
エントリー:爆発
2009年04月06日

大学

4月になり、また大学に通い始めた。
ネットビジネスのおかげで学費もなんと用意できた。
月収50万が目標といっていたが、案外あっさり達成するかもしれない。
まあまだ予断を許さない状況ではあるけども。

やっぱり学問というのはいい。
頭は使わなきゃ退化していく。


休学前はいかに就職や公務員試験に有利か、そればかりを意識して大学側が奨める講義を選んできたけれど、今はそういう意識は全くなくなった。
文学の講義をとってみたり、哲学の講義をとってみたり、なんだかわけのわからない講義をとってみたり。
卒論はもう終わっているし、足りない単位もほんのわずかだから、ずいぶんと自由にやっている。

たいていの学生は職業訓練のために大学にやってきたようだけど、僕は学問がしたくて大学にきたわけだから、わざわざ周りに合わせてやる必要もない。
たかだか月収20万や30万と引き換えに会社に人生くれてやるつもりはサラサラないしね。



まあ残り半年、好きなようにやらせてもらうよ。
posted at 16:24


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カテゴリー:日記
エントリー:大学
2009年04月01日

面接ボイコット

大学四回生の頃、就職しろという周囲からの圧力は凄まじかった。
労働を憎みきっていた僕も、さすがに重い腰をあげざるを得なかったほどである。
もちろん行きたい会社などなかったし、仮に就職できなくてもどうってことはなかったから、試験や面接の対策などギリギリまでやらなかった。
履歴書やエントリーシートも全て我流で書いた。

最初に受けたのはイオンだった。
給料はそこそこだったし、何より年間休日125日というのはなかなか魅力的だった。
しかも毎年20日間という長期休暇まで取得できるらしかった。

試験の前日にSPI問題集を買い、面接当日に面接対策のハンドブックを買った(僕のやる気のなさが窺える思う)。
筆記試験は不安だったが、何とか通った。
1次面接、2次面接は軽々突破した。
サークルやアルバイトでいかに自分が頑張ったかを誇張して伝えればいいのである。
蟹工船のエッセーコンテストで賞を取った話をし、自分の作品が載った書籍を見せると、面接官は無邪気に大喜びした。
多分蟹工船がどんな小説か知らなかったのだろう。

最終面接は広島だった。
バスが早く着いたので、デパートのベンチに座って面接対策の本をひらいた。
近くに服屋があり、デパートの社員らしき男が黙々と働いていた。
イオンに採用されれば自分も似たようなことをするのだと思い、それとなく観察していた。

社員は陳列してある服を丁寧に畳んで整えていた。
客がくると笑顔を作って「いらっしゃいませ」と言った。
することがなくなると、レジの前でぼんやりしていた。
ときどき思い出したように書きものをしたり、また服を畳んだりした。
あまりにも詰まらなそうな作業だった。

僕は酷く憂鬱な気持ちになってきた。
男と同じように狭い売り場に拘束され、くだらない労働に従事するために、僕ははるばる広島へやってきたのである。
人生の大部分を会社に奪われるために、こうして面接や試験の対策をしているのである。
多くのライバルたちとの競争に勝ち抜き、晴れて内定をもらった暁には、仕事に支配された囚人のような生活がご褒美として用意されているというわけである。

馬鹿馬鹿しいやら泣きたいやらで、僕はそれ以上面接の本を読むことができなかった。
年間休日125日は僕にとってはあまりにも少なすぎた。
時間になっても、僕はベンチから立ち上がれないでいた。
会社には何も連絡しなかったし、会社からも何も連絡はなかった。
僕はお好み焼きを食べ、そのままバスに乗って地元に帰った。
親や親戚には面接を受けたことにしておいた。

しばらくしてから親に面接に落ちたというと、彼らはしきりに残念がっていた。
posted at 16:26


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カテゴリー:日記
エントリー:面接ボイコット
2009年03月27日

賃金奴隷

とにかく雇われ店長というものの実態は悲惨の一言に尽きる。
僕の中でなってはならない職業ナンバーワンである。
本屋、ファミレス、カラオケ、100円ショップ……。
どこの店長をみても、何が楽しくて生きているのか分からない人間たちばかりだった。
毎日毎日、起きている時間の大半を狭い店舗に閉じ込められ、客のご機嫌を伺い、会社に決められたノルマをこなすために汗だくになって働く様は、まさしく賃金奴隷の名に相応しかった。

最近まで僕が勤めていた100円ショップの店長は、毎日11時間以上働いていた。
人手不足で休みも月に3、4回しかなかった。
会社にアルバイトを増やしたいと掛け合ったところ、人件費削減を理由に断られたそうだ。
それでも彼は文句を言わず、毎日黙々と業務をこなし続けていた。
よく我慢できますねとある日僕が言うと、店長は笑って「お客さんの笑顔のために頑張るんだよ」と答えた。
一般的な日本人なら、「まあ、何て立派な人なんだろう」といって感心するところだが、もちろん僕はそんなことはなかった。
客が店員に向けるお愛想笑いなど、所詮は意味を伴わぬ顔面の変形に過ぎない。
あらゆる楽しみを失い、赤の他人の顔面を一時的に変形させることが唯一の生きがいになってしまった店長を、僕はただただ哀れだと思った。



その点、カラオケ店の店長はまだ人間らしさがあった。
彼は業務の端々に辞めたい、働きたくない、と誰にともなく呟いていた。
まだ労働を苦痛と感じられるだけの感性が残っていたのである。
店が潰れる2、3ヶ月前に彼は退職した。
退職の挨拶に来た彼の、我々アルバイトに向けた弾けるような笑顔を、僕は未だに忘れることができない。
posted at 14:21


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カテゴリー:日記
エントリー:賃金奴隷
2009年03月25日

働かざるゆえに我あり

働かざるゆえに我あり、なんてタイトルをつけてるけど、なんだかんだで最近はかなり働いている(といっても自宅でパソコンカタカタやってるだけだけど)。
月収20-30万くらいを維持するだけなら1日2時間も働けば十分だが、やっぱりこの金額ではちょっと心許ない。
普通の会社員みたいにボーナスなんかないわけだし、年収計算するとかなりしょぼい感じだ。
パチンコで作った親の借金がでかすぎるのも厄介だ。
このままのんびりやってても埒が明かないので、少し気合入れようと思う。
当面の目標は月50万くらい。
できれば夏中には達成したい。

12月→5万
1月→15万
2月→23万
3月→25万(現時点)

ときているから、あながち無茶な目標でもないだろう。
新たな分野にも手を出してみるつもりでいる。

しかし、自分で仕事の目標を決められるというのはいいことだと思う。
労働がまったく苦痛にならない。
努力の結果はすべて収入として自分に返ってくる。
ファミレスやなんかでバイトをしているときは、自分の命を会社に搾り取られているみたいで凄まじいストレスを感じていたが、ネットビジネスを始めてからはそんなこともなくなった。
自分の時間を自分のために使えるというのが大きい。
一日中突っ立って他人のご機嫌を伺わなくてもいいし、囚人みたいに職場に監禁されなくてもいいし、分刻みで自分の時間を会社に管理されなくてもいい。
休みたいと思ったときに休み、眠くなったら眠り、体を動かしたくなったらどこかへ出かける。
これで収入がなかったら駄目ニート扱いされて終わりだけど、人並みに収入はあるんだから文句を言われる筋合いもない。
堂々と胸を張っていられる。

ニートの方のブログを最近よく見るが、劣等感剥き出しで自己を貶めている人が多い。
コミュニケーション能力がなくて働けない、とか、自分は生きるのに向いてない、とか。
ネットビジネスをやってみればいいのにと思う。
別に特別な能力なんて必要ないし、時間があるというのはすごく大きな武器になる。
地道に頑張リ続ければきっと稼げるようになる。
人並みの収入があれば今よりは楽しい毎日になると思うんだけど、余計なお世話かな?
posted at 02:37


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カテゴリー:日記
エントリー:働かざるゆえに我あり
2009年03月22日

異端

大学3回生になると、エントリーシートの書き方指導だの、面接指導だの、内定を決めた先輩たちとの座談会だの、就職相談だのが頻繁に行われ、その度に会場はいつも満員だった。
僕は意地でも出席しないようにしていた。
卒業したての学生たちがスーツに包まって会社のもとへ一斉に羽ばたいていく様は、まるでベルトコンベアで箱詰めされた商品が方々に出荷されていくようで気味が悪かった。
例のファミレスのおかげで、僕は完全に労働アレルギーだった。
会社の下で人生の大半を囚人みたいに拘束されるくらいなら死んだほうがマシだと思っていた(今も思っている)。
将来は小説家になる気でいた。
会社の雇用下で行われる労働など僕には何の意味もなかった。

それでも友人に誘われて、一度だけ冷やかしのつもりで面接指導に参加したことがあった。
教室はやはり満員で、並んで座る場所を見つけるのに苦労した。
やがてプリントが回ってきた。
そこには面接の日の服装や、ノックの回数、お辞儀の角度、立つ位置、挨拶をするタイミングなどが、図入りで微に入り細を穿って説明されていた。
僕は少し笑ってしまった。
まるで全体主義だった。
講師はどこかの大企業の人事部の人間だったが、学校を卒業したら会社に雇われて定年まで働くということだけがすべての価値であると信じているような男だった。
自身が学生時代に20社近く内定を貰ったという実績を得意げに語り(他にすることはなかったのだろうか?)、続いて面接官への尻尾の振り方を熱心に解説し始めた。

僕は早々に興味をなくし、持ってきた小説を読んでいた(三島由紀夫だったかな?)。
ふと横を見ると、友人は一言一句聞き漏らすまいというような真剣な表情で講師の言うことに耳を傾け、ノートにメモをとっていた。
他にもあちこちでペンが紙の上を走る音が聞こえていた。
教室中の意識が講師の喋る言葉に集中していた。

ああ、僕はつくづく異端なんだな、と思いながらまた小説を読んだ。
別に興味はなかった。
posted at 14:47


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カテゴリー:日記
エントリー:異端
2009年03月21日

万国の労働者よ、怠けよ

ネットビジネスなんかをやっている僕がいうのもなんだが、資本主義は嫌いだ。
金になるか、ならないかであらゆるものの価値が決められてしまう。
テレビも、インターネットも、チラシも、人間の欲望を煽るのに必死だ。
企業は金になると分かれば人間でさえも商品化する。
そして一方、売れないもの、商品にならないものはどんどん舞台の端へ追いやられていく(文学なんか典型的だ)。
こんなシステムの信奉者になることは僕にはできない。

しかし、蟹工船のエッセーコンテストに入賞したと言うとよく勘違いされるのだが、僕は共産主義も嫌いだ。
共産主義は死ぬほど簡略化してしまえば、椅子の上でふんぞり返っている資本家より、実際に働いて富を生み出している労働者の方が偉いという思想である。
いわば労働万歳思想である。

呆れるほかない話だ。
そんなことを言ってるから共産主義は滅んだのだ。
働いて働いて働いて、国民総白痴だ。
自分の国が何をやっているのかも分からなくなってしまった。
働いてる暇があったら学問に励め。
想像力を広げろ。
政治家の嘘を見抜けるようになれ。

労働なんて機械にでもやらせておけばいいのさ。
posted at 15:42


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エントリー:万国の労働者よ、怠けよ