2010年05月18日

気づいちゃったのである

ふと気づいちゃったのである。

毎日毎日、レジの前に立って、次から次へと押し寄せる他人たちが持ってくる商品を一心不乱に袋に詰め込んで、渡される小銭の数を懸命に数えて、いらっしゃいませ、ありがとうございましたと馬鹿の一つ覚えみたいに喋って、ダンボールをごそごそとひっかきまわしながら棚に商品を陳列しているうちに、ふと気づいちゃったのである。

あれれ。僕の1日は、自分を偽っている時間のほうが長いぞ?
やりたくもない作業をして、笑いたくもないのに笑って、好きでもない人たちの相手をしているうちに、1日の大半が過ぎ去っていくぞ?
これが働くってことなのかなあ?



僕は訊いてみることにしたのである。
毎日毎日朝から晩まで狭い店の中でウロウロしている店長に訊いてみることにしたのである。



店長、今の仕事楽しいですかぁ?


「まあまあ楽しいよ」


どの辺がですかぁ?


「そうだなぁ。良い接客するとお客さんも笑ってくれるからな。長時間かけてキャンペーンの準備して、目標値超えると嬉しいな」


そんなもんだろうかと僕は首をかしげてしまうのである。
客が店員に向ける笑顔などどこまでいってもお愛想である。
キャンペーンでいくら売り上げてもその売り上げは全て会社のものである。
彼は生活するのがやっとの給料を毎月受け取るのみである。
人生の大部分を労働に捧げて得られる対価としては、あまりにも貧弱にすぎると僕は感じるのである。

しかし、僕もまだまだ若輩。
人生経験は店長のほうが上である。
もしかしたら僕には見えないものが店長には見えているのかもしれないと、そう納得することにしたのである。


ある日、休憩室で店長と僕が休んでいた時のことである。
テレビで近頃話題の映画に関するニュースをやっていたのである。
ふと店長がこぼしたのでる。


「俺、映画監督目指してたんだよなぁ」

そうなんですかあ?

「高校卒業してすぐ専門学校行ったんだよ。結構勉強したよ。毎日3本くらい見てたなあ」

何でこの会社に就職したんですかあ? 映画全然関係なくないですかあ?

「専門学校行ってるときのバイト先だったんだよ。就職先が決まらなくて、どうしようかなあって悩んでるとき、地区長に誘われたんだよ。結構真面目にやってたからな」

映画監督やめちゃったんですかあ?

「そんな簡単になれるもんじゃないよ。しばらくは趣味で色々やってたけど、一緒にやってた友達がアメリカいっちゃって、それっきりだな。もうずいぶん長いこと映画なんて見てないな。最後に映画館行ったのはいつだったかな」



僕は気づいちゃったのである。
ふと気づいちゃったのである。

ああ、なるほど。
店長は自分を偽る時間が長すぎて、いつのまにか偽りの自分が、本当の自分とすり変わっちゃったんだな。
映画監督の夢は、毎月の売上目標に上書きされちゃったんだな。
古い細胞が新しい細胞に生まれ変わるように、長い長い時間をかけて、店長はゆっくりと別のものになっちゃったんだな。
僕も会社に勤めるようになったら、あのレジの前に突っ立って、お決まりのセリフをしゃべるだけの自分が、本当の自分になっちゃうのかな。

怖いなあ。怖いなあ。



結局僕は就職から逃げ出したのである。
周囲の声が入らないよう頑強に耳を塞ぎ、スーツ姿が目に入らないよう力いっぱい目を閉じて、あわあわと叫びながら身も世もなく逃げまくったのである。
ようやく息が切れて立ち止り、恐る恐る瞼を開いてみれば……



ずいぶんと妙ちくりんな所に迷い込んでしまったものである。
posted at 23:10


共感したらクリック!→人気ブログランキングへ


Comment(4) | TrackBack(0)
カテゴリー:日記
エントリー:気づいちゃったのである