2010年04月27日

売上の奴隷

以前も書いたが、雇われ店長は悲惨だ。
ネットビジネスというものを知る以前から、僕は死んでも店長職にだけはならないと固く心に決めていたものだ。
本社から無理なノルマを課され、日々追い立てられるようにして働き続ける店長の姿が、今も僕の脳裏に焼き付いている。


店長は売上の奴隷だった。
毎日の売上に一喜一憂し、二言目には売上、売上と呟き、棚の位置をひとつずらすのでさえ何日も悩んだ。

ちょっとガラの悪い高校生が集団で来たりすると、「おい、万引きっ、万引き気をつけろよ」と僕に耳打ちして、自分も彼らのそばで商品を整理するふりをしながら監視を始めた。

極端に客が少ない日には売上を増やすために、自分でカゴいっぱいにポテチやら飴やらジュースやらを買って帰った。
(僕はそれを見てドン引きした)

そんな日は月に何回もあった。


バイトが休めば自分の休みを削り、忙しい時期は遅くまでサービス残業。
客が怒ればたとえ非がなくても下僕のように平身低頭謝り、本社から役員が来る時は戦々恐々として、額に汗を浮かべながら視察に来た上司におもねっていた。
朝は開店の一時間も前から出勤して事務をし、開店の時間になってからようやく出勤のタイムカードを押した。


まさに彼の全身全霊をかけて生み出す利益だ。
そのほとんどは会社に吸い上げられているという事実に、彼は気づいていないのか、それとも気づいていながら目をつむっているだけなのか。


あるとき、彼の給料の額について聞く機会があった。
それは彼が10年以上もの長い歳月をかけてコツコツと昇給を積み重ねてきた数字だったが、お世辞にも多いとは言えなかった。
僕はネットビジネスを始めて半年でそれを追い越してしまった。
資本主義社会では特に珍しいことでもないのだろうが、なんだか少し無残なものを感じる。
赤の他人を儲けさせるための努力しかしてこなかった彼と、自分の収入を増やすための努力をした僕との違いかもしれない。


しかし彼はもう、そんな生活にすっかり慣れ切ってしまっていた。
特に疑問を抱くこともないようだった。
夢も、趣味も、文化も、思想も、社会への関心も、成長への欲求もなく、ただ「売上」と「疲れた」という言葉を交互に繰り返し、帰宅後のビールだけを楽しみに1日を過ごす生き物。


彼はこれからも店の売上のことばかりを悩んで生きていくのだろう。
会社を太らせるために費やされた彼の膨大な人生の時間は二度と帰らない。

せめて定年後の残されたわずかな時間、彼が幸せな余生を過ごせると良いと思う。
posted at 05:59


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2010年04月16日

成長についての考察

ブラック会社の経営者や社畜と呼ばれる人たちは、よく成長という言葉で悲惨な労働環境を正当化する。
曰く、これは犯罪などではなく、人間的に成長するための試練なのだと。


勤勉な一般的日本人はその言葉を鵜呑みにし、俺は成長しているんだと自分に言い聞かせながら、唯々諾々と労働で人生を消費していく。
でも、ちょっと立ち止って考えてみたほうが良いと思う。


会社や社畜が成長と呼ぶそれは、自分や自分の家族をを幸せにするためのものか?
それとも雇い主の会社を幸せにするためのものか?


確かに人よりも仕事ができるようになれば、客観的には成長しているように見えるかもしれない。
しかし、その成長が自分や自分の家族の幸福に全く寄与しないとしたら、その成長に価値はあるのか?


僕自身、いくつかアルバイトはしたが、それらの仕事はただ日々生活するための手段でしかなかった。
レジを正確に打ったり商品を素早く袋に詰めたりできるよう努力はしていたが、店長から「お前は成長した」ほめられたところで、だから何だ、としか思えなかった。
僕にとってレジを打つスキルは、鼻クソをほじるスキルやケツを拭くスキルと大差はなかったからだ。
それらは明確に僕の幸福とは関わりがなかった。


たとえばこの動画を見てほしい。





店長たちは、強面の上司に威嚇されながら、売上を伸ばすと誓いを立てる。
実際に彼らは大声で接客がするスキルや、顔面を笑みの形に変形させるスキルや、部下を忠実な下僕のように育て上げるスキルを身につけるだろう。
夢、趣味、家族、時間、個性といった多くの大切なものを犠牲にしながら。
時には上司から「お前は成長した」とお褒めの言葉をいただくこともできるかもしれない。



しかし、その成長の受益者は誰だ?


雇い主の会社だけじゃないか?


彼らがいくら売上げに貢献したところで、せいぜい残業代にも満たない程度のご褒美をいただくのが関の山。
残った利益はさらに会社をでかくするために使われるか、上役のポケットに入る。
俺は会社に奉仕しているという自己犠牲的な満足に幸福を感じるならそれでもいいかもしれないが、店から一歩出れば糞の役にも立たないスキルを習得するために膨大な時間を費やせるほど、彼らの一度きりの人生の価値は低いのだろうか?


そんなはずはないと思うけど。


posted at 17:39


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2010年04月13日

会社

先日会社を作った。
税金対策である。

ここ数年、ずっと会社に雇用されることを恐れていた。
周囲の学生たちが就職活動に血道をあげ、行く先々の会社へちぎれんばかりに尻尾を振っている中、僕はひたすら目と耳をふさいでがむしゃらに就職から逃げ回っていた。

いくつかのアルバイト先で屍同然の社員たちの生活を目の当たりにし続けた僕にとって、いつしか就職することとは自殺することと同義になっていた。
わずかばかりの月給と引き換えに会社に人生を売り渡す人たち、そしてそれを当然のことだと平気な顔をして受け入れられる人たちが、僕には全然理解できなかった。
僕の人生は会社にくれてやるには貴重すぎた。


母親には息子の気が狂ったと言って泣かれ、親戚には説教され、教授には匙を投げられ、4年付き合った彼女には振られた。
小説家になりたいと思ったが、投稿した力作は一次審査であっさり落ちた。
講義に出ずに小説を書いていたから留年も決まった。
バイトで溜めた学費は親にパチンコですっかり使われてしまい、休学を余儀なくされた。

相変わらず単純労働に汗を流しながら、絶望的な気分で日々を過ごすうちに、ふとネットビジネスのことを知る機会があった。
何の知識も経験もなかったものの、高額な教材を買い、藁をもすがる思いで取り組んでみた。
最初は月数万円程度の利益だったが、ある時期を境に爆発的に収入が増え始めた。
4ヶ月目で月収100万を超えた。

あまりの環境の変化についていけず、僕も家族もポカンとしていた。
ほんの数か月前まで時給700円でレジで打っていた僕にはあまりにも非現実的な数字だった。
でも、現実だった。

1年間で1600万円売り上げた。
会社に雇われることを恐れていた学生は、なぜか会社を作る側に回った。
資本金100万、社員1名(僕)。
吹けば飛ぶ零細企業だけど、一国一城の主になった。
全てのルールは自分で決められた。

誰も就職しろとは言わなくなった。
働くも働かないもすべて自分の自由になる環境が訪れた。

いくら仕事をサボっても誰にも何も言われない。
寝不足の目をこすって出勤する必要もない。
仕事をすればするだけ収入になる。
平日の昼間から温泉につかる。
ふらりと気が向いたら旅行に行く。
趣味の音楽や小説に没頭する……。

とにかく時計やカレンダーを気にする必要がなくなった。
エントリーシートや面接の出来が人生最大の心配事になっている学生たちや、毎朝の毎夕電車に殺到する灰色のスーツの群れに交じると、なんだか自分が全く別の社会に住む住人になったような気がした。


ただ、自分で稼ぐということは、何も保証がないということだから、常に漠然とした不安はある。
稼ぎ続けなければならないという重圧。
こればかりは逃れようがない。
それこそ一生分のお金をさっさと稼いでしまわない限り。

でも、仕事自体は面白いから特にストレスにはならない。
半ば趣味みたいなものだ。
目標も、作業内容も、稼ぐ金額も、働く時間も、すべて自分で決められる。
会社に雇われて時間や目標を徹底的に管理される労働者とはまったく別の論理で動く世界だ。

収入は安定はしていないし、将来的にはどうなるかはわからないけど、安定だけを生き甲斐に奴隷みたいに働いていた以前のバイト先の社員たちよりは、人生を楽しめているんじゃないかなとは思う。
posted at 01:31


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