2009年04月06日

大学

4月になり、また大学に通い始めた。
ネットビジネスのおかげで学費もなんと用意できた。
月収50万が目標といっていたが、案外あっさり達成するかもしれない。
まあまだ予断を許さない状況ではあるけども。

やっぱり学問というのはいい。
頭は使わなきゃ退化していく。


休学前はいかに就職や公務員試験に有利か、そればかりを意識して大学側が奨める講義を選んできたけれど、今はそういう意識は全くなくなった。
文学の講義をとってみたり、哲学の講義をとってみたり、なんだかわけのわからない講義をとってみたり。
卒論はもう終わっているし、足りない単位もほんのわずかだから、ずいぶんと自由にやっている。

たいていの学生は職業訓練のために大学にやってきたようだけど、僕は学問がしたくて大学にきたわけだから、わざわざ周りに合わせてやる必要もない。
たかだか月収20万や30万と引き換えに会社に人生くれてやるつもりはサラサラないしね。



まあ残り半年、好きなようにやらせてもらうよ。
posted at 16:24


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2009年04月01日

面接ボイコット

大学四回生の頃、就職しろという周囲からの圧力は凄まじかった。
労働を憎みきっていた僕も、さすがに重い腰をあげざるを得なかったほどである。
もちろん行きたい会社などなかったし、仮に就職できなくてもどうってことはなかったから、試験や面接の対策などギリギリまでやらなかった。
履歴書やエントリーシートも全て我流で書いた。

最初に受けたのはイオンだった。
給料はそこそこだったし、何より年間休日125日というのはなかなか魅力的だった。
しかも毎年20日間という長期休暇まで取得できるらしかった。

試験の前日にSPI問題集を買い、面接当日に面接対策のハンドブックを買った(僕のやる気のなさが窺える思う)。
筆記試験は不安だったが、何とか通った。
1次面接、2次面接は軽々突破した。
サークルやアルバイトでいかに自分が頑張ったかを誇張して伝えればいいのである。
蟹工船のエッセーコンテストで賞を取った話をし、自分の作品が載った書籍を見せると、面接官は無邪気に大喜びした。
多分蟹工船がどんな小説か知らなかったのだろう。

最終面接は広島だった。
バスが早く着いたので、デパートのベンチに座って面接対策の本をひらいた。
近くに服屋があり、デパートの社員らしき男が黙々と働いていた。
イオンに採用されれば自分も似たようなことをするのだと思い、それとなく観察していた。

社員は陳列してある服を丁寧に畳んで整えていた。
客がくると笑顔を作って「いらっしゃいませ」と言った。
することがなくなると、レジの前でぼんやりしていた。
ときどき思い出したように書きものをしたり、また服を畳んだりした。
あまりにも詰まらなそうな作業だった。

僕は酷く憂鬱な気持ちになってきた。
男と同じように狭い売り場に拘束され、くだらない労働に従事するために、僕ははるばる広島へやってきたのである。
人生の大部分を会社に奪われるために、こうして面接や試験の対策をしているのである。
多くのライバルたちとの競争に勝ち抜き、晴れて内定をもらった暁には、仕事に支配された囚人のような生活がご褒美として用意されているというわけである。

馬鹿馬鹿しいやら泣きたいやらで、僕はそれ以上面接の本を読むことができなかった。
年間休日125日は僕にとってはあまりにも少なすぎた。
時間になっても、僕はベンチから立ち上がれないでいた。
会社には何も連絡しなかったし、会社からも何も連絡はなかった。
僕はお好み焼きを食べ、そのままバスに乗って地元に帰った。
親や親戚には面接を受けたことにしておいた。

しばらくしてから親に面接に落ちたというと、彼らはしきりに残念がっていた。
posted at 16:26


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