働かざるゆえに我あり

「働かざるゆえに我あり」

働かざるゆえに我あり.com

働きたくない。その思いこそ正しい。

2010年11月19日

金と老婆

先日東京の神田のセミナーに参加してきた時のこと。
台風の影響で冷たい雨風が吹き付ける中、ガード下にホームレスのおばあちゃんが座っていた。
おばあちゃんは投げ出した両足に額をくっ付けるような姿勢で深く俯いたまま動かなかった。
頭に巻いた手ぬぐいから真っ白な髪がこぼれ落ちていた。

僕が足音を響かせながら側を通り過ぎた時も、おばあちゃんは全く動かなかった。
ほとんど生気を感じなかった。
もしかしたらもう亡くなっているのかもしれないと僕は思った。
急いでいたので足早にそこを通りすぎた。

セミナーはネットビジネスの方法を教えるものだった。
講師の一人が親しかったので、何となく出席してみた。
セミナー後の懇親会では、あたりまえのように月収100や200稼ぐ人がうようよしてた。
酒と料理を食い散らかしながらみんな金とビジネスの話をしていた。

「今起業家の間でバリに別荘建てるのが流行ってるんだよ」と稼いでるお方が教えてくれた。
1000万も払えばプール付きが建てれるらしかった。
その人がくれた名刺には、バリのプールでくつろぐ本人の写真が大きく印刷されていた。
「凄いですね!」酒に酔った僕は興奮しつつそれを聞いた。

したたかに酔って解散した。
帰りの電車がないと言ったら、仲の良い講師の方が泊めてくれた。
彼はネットショップとアフィリエイトで月300万くらい稼ぐ28歳だった。
家賃13万のアパートに猫を飼っていた。
でかいテレビを見ながらビジネスのことや趣味のことなどを夜通し話した。

翌朝疲れた体を引きずって山手線に乗り、秋葉原のネットカフェで少し仕事をした。
それから埼玉の友人の家へ向かった。
友人と飯を食い、wiiのマリオをプレイして笑い転げた。

深夜、布団に入って眠るとき、ふとガード下の老婆のことを思い出した。
ちょっとだけモヤモヤしたものを胸に感じた。
友人にそのことを話そうとしたが、すでに彼は寝息を立てていた。
僕は老婆のことを考え、翌日の遊びの予定のことを考え、朝食のことを考え、死んだように眠った。
posted at 01:45


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エントリー:金と老婆
2010年05月18日

気づいちゃったのである

ふと気づいちゃったのである。

毎日毎日、レジの前に立って、次から次へと押し寄せる他人たちが持ってくる商品を一心不乱に袋に詰め込んで、渡される小銭の数を懸命に数えて、いらっしゃいませ、ありがとうございましたと馬鹿の一つ覚えみたいに喋って、ダンボールをごそごそとひっかきまわしながら棚に商品を陳列しているうちに、ふと気づいちゃったのである。

あれれ。僕の1日は、自分を偽っている時間のほうが長いぞ?
やりたくもない作業をして、笑いたくもないのに笑って、好きでもない人たちの相手をしているうちに、1日の大半が過ぎ去っていくぞ?
これが働くってことなのかなあ?



僕は訊いてみることにしたのである。
毎日毎日朝から晩まで狭い店の中でウロウロしている店長に訊いてみることにしたのである。



店長、今の仕事楽しいですかぁ?


「まあまあ楽しいよ」


どの辺がですかぁ?


「そうだなぁ。良い接客するとお客さんも笑ってくれるからな。長時間かけてキャンペーンの準備して、目標値超えると嬉しいな」


そんなもんだろうかと僕は首をかしげてしまうのである。
客が店員に向ける笑顔などどこまでいってもお愛想である。
キャンペーンでいくら売り上げてもその売り上げは全て会社のものである。
彼は生活するのがやっとの給料を毎月受け取るのみである。
人生の大部分を労働に捧げて得られる対価としては、あまりにも貧弱にすぎると僕は感じるのである。

しかし、僕もまだまだ若輩。
人生経験は店長のほうが上である。
もしかしたら僕には見えないものが店長には見えているのかもしれないと、そう納得することにしたのである。


ある日、休憩室で店長と僕が休んでいた時のことである。
テレビで近頃話題の映画に関するニュースをやっていたのである。
ふと店長がこぼしたのでる。


「俺、映画監督目指してたんだよなぁ」

そうなんですかあ?

「高校卒業してすぐ専門学校行ったんだよ。結構勉強したよ。毎日3本くらい見てたなあ」

何でこの会社に就職したんですかあ? 映画全然関係なくないですかあ?

「専門学校行ってるときのバイト先だったんだよ。就職先が決まらなくて、どうしようかなあって悩んでるとき、地区長に誘われたんだよ。結構真面目にやってたからな」

映画監督やめちゃったんですかあ?

「そんな簡単になれるもんじゃないよ。しばらくは趣味で色々やってたけど、一緒にやってた友達がアメリカいっちゃって、それっきりだな。もうずいぶん長いこと映画なんて見てないな。最後に映画館行ったのはいつだったかな」



僕は気づいちゃったのである。
ふと気づいちゃったのである。

ああ、なるほど。
店長は自分を偽る時間が長すぎて、いつのまにか偽りの自分が、本当の自分とすり変わっちゃったんだな。
映画監督の夢は、毎月の売上目標に上書きされちゃったんだな。
古い細胞が新しい細胞に生まれ変わるように、長い長い時間をかけて、店長はゆっくりと別のものになっちゃったんだな。
僕も会社に勤めるようになったら、あのレジの前に突っ立って、お決まりのセリフをしゃべるだけの自分が、本当の自分になっちゃうのかな。

怖いなあ。怖いなあ。



結局僕は就職から逃げ出したのである。
周囲の声が入らないよう頑強に耳を塞ぎ、スーツ姿が目に入らないよう力いっぱい目を閉じて、あわあわと叫びながら身も世もなく逃げまくったのである。
ようやく息が切れて立ち止り、恐る恐る瞼を開いてみれば……



ずいぶんと妙ちくりんな所に迷い込んでしまったものである。
posted at 23:10


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エントリー:気づいちゃったのである
2010年04月27日

売上の奴隷

以前も書いたが、雇われ店長は悲惨だ。
ネットビジネスというものを知る以前から、僕は死んでも店長職にだけはならないと固く心に決めていたものだ。
本社から無理なノルマを課され、日々追い立てられるようにして働き続ける店長の姿が、今も僕の脳裏に焼き付いている。


店長は売上の奴隷だった。
毎日の売上に一喜一憂し、二言目には売上、売上と呟き、棚の位置をひとつずらすのでさえ何日も悩んだ。

ちょっとガラの悪い高校生が集団で来たりすると、「おい、万引きっ、万引き気をつけろよ」と僕に耳打ちして、自分も彼らのそばで商品を整理するふりをしながら監視を始めた。

極端に客が少ない日には売上を増やすために、自分でカゴいっぱいにポテチやら飴やらジュースやらを買って帰った。
(僕はそれを見てドン引きした)

そんな日は月に何回もあった。


バイトが休めば自分の休みを削り、忙しい時期は遅くまでサービス残業。
客が怒ればたとえ非がなくても下僕のように平身低頭謝り、本社から役員が来る時は戦々恐々として、額に汗を浮かべながら視察に来た上司におもねっていた。
朝は開店の一時間も前から出勤して事務をし、開店の時間になってからようやく出勤のタイムカードを押した。


まさに彼の全身全霊をかけて生み出す利益だ。
そのほとんどは会社に吸い上げられているという事実に、彼は気づいていないのか、それとも気づいていながら目をつむっているだけなのか。


あるとき、彼の給料の額について聞く機会があった。
それは彼が10年以上もの長い歳月をかけてコツコツと昇給を積み重ねてきた数字だったが、お世辞にも多いとは言えなかった。
僕はネットビジネスを始めて半年でそれを追い越してしまった。
資本主義社会では特に珍しいことでもないのだろうが、なんだか少し無残なものを感じる。
赤の他人を儲けさせるための努力しかしてこなかった彼と、自分の収入を増やすための努力をした僕との違いかもしれない。


しかし彼はもう、そんな生活にすっかり慣れ切ってしまっていた。
特に疑問を抱くこともないようだった。
夢も、趣味も、文化も、思想も、社会への関心も、成長への欲求もなく、ただ「売上」と「疲れた」という言葉を交互に繰り返し、帰宅後のビールだけを楽しみに1日を過ごす生き物。


彼はこれからも店の売上のことばかりを悩んで生きていくのだろう。
会社を太らせるために費やされた彼の膨大な人生の時間は二度と帰らない。

せめて定年後の残されたわずかな時間、彼が幸せな余生を過ごせると良いと思う。
posted at 05:59


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エントリー:売上の奴隷
2010年04月16日

成長についての考察

ブラック会社の経営者や社畜と呼ばれる人たちは、よく成長という言葉で悲惨な労働環境を正当化する。
曰く、これは犯罪などではなく、人間的に成長するための試練なのだと。


勤勉な一般的日本人はその言葉を鵜呑みにし、俺は成長しているんだと自分に言い聞かせながら、唯々諾々と労働で人生を消費していく。
でも、ちょっと立ち止って考えてみたほうが良いと思う。


会社や社畜が成長と呼ぶそれは、自分や自分の家族をを幸せにするためのものか?
それとも雇い主の会社を幸せにするためのものか?


確かに人よりも仕事ができるようになれば、客観的には成長しているように見えるかもしれない。
しかし、その成長が自分や自分の家族の幸福に全く寄与しないとしたら、その成長に価値はあるのか?


僕自身、いくつかアルバイトはしたが、それらの仕事はただ日々生活するための手段でしかなかった。
レジを正確に打ったり商品を素早く袋に詰めたりできるよう努力はしていたが、店長から「お前は成長した」ほめられたところで、だから何だ、としか思えなかった。
僕にとってレジを打つスキルは、鼻クソをほじるスキルやケツを拭くスキルと大差はなかったからだ。
それらは明確に僕の幸福とは関わりがなかった。


たとえばこの動画を見てほしい。





店長たちは、強面の上司に威嚇されながら、売上を伸ばすと誓いを立てる。
実際に彼らは大声で接客がするスキルや、顔面を笑みの形に変形させるスキルや、部下を忠実な下僕のように育て上げるスキルを身につけるだろう。
夢、趣味、家族、時間、個性といった多くの大切なものを犠牲にしながら。
時には上司から「お前は成長した」とお褒めの言葉をいただくこともできるかもしれない。



しかし、その成長の受益者は誰だ?


雇い主の会社だけじゃないか?


彼らがいくら売上げに貢献したところで、せいぜい残業代にも満たない程度のご褒美をいただくのが関の山。
残った利益はさらに会社をでかくするために使われるか、上役のポケットに入る。
俺は会社に奉仕しているという自己犠牲的な満足に幸福を感じるならそれでもいいかもしれないが、店から一歩出れば糞の役にも立たないスキルを習得するために膨大な時間を費やせるほど、彼らの一度きりの人生の価値は低いのだろうか?


そんなはずはないと思うけど。


posted at 17:39


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エントリー:成長についての考察
2010年04月13日

会社

先日会社を作った。
税金対策である。

ここ数年、ずっと会社に雇用されることを恐れていた。
周囲の学生たちが就職活動に血道をあげ、行く先々の会社へちぎれんばかりに尻尾を振っている中、僕はひたすら目と耳をふさいでがむしゃらに就職から逃げ回っていた。

いくつかのアルバイト先で屍同然の社員たちの生活を目の当たりにし続けた僕にとって、いつしか就職することとは自殺することと同義になっていた。
わずかばかりの月給と引き換えに会社に人生を売り渡す人たち、そしてそれを当然のことだと平気な顔をして受け入れられる人たちが、僕には全然理解できなかった。
僕の人生は会社にくれてやるには貴重すぎた。


母親には息子の気が狂ったと言って泣かれ、親戚には説教され、教授には匙を投げられ、4年付き合った彼女には振られた。
小説家になりたいと思ったが、投稿した力作は一次審査であっさり落ちた。
講義に出ずに小説を書いていたから留年も決まった。
バイトで溜めた学費は親にパチンコですっかり使われてしまい、休学を余儀なくされた。

相変わらず単純労働に汗を流しながら、絶望的な気分で日々を過ごすうちに、ふとネットビジネスのことを知る機会があった。
何の知識も経験もなかったものの、高額な教材を買い、藁をもすがる思いで取り組んでみた。
最初は月数万円程度の利益だったが、ある時期を境に爆発的に収入が増え始めた。
4ヶ月目で月収100万を超えた。

あまりの環境の変化についていけず、僕も家族もポカンとしていた。
ほんの数か月前まで時給700円でレジで打っていた僕にはあまりにも非現実的な数字だった。
でも、現実だった。

1年間で1600万円売り上げた。
会社に雇われることを恐れていた学生は、なぜか会社を作る側に回った。
資本金100万、社員1名(僕)。
吹けば飛ぶ零細企業だけど、一国一城の主になった。
全てのルールは自分で決められた。

誰も就職しろとは言わなくなった。
働くも働かないもすべて自分の自由になる環境が訪れた。

いくら仕事をサボっても誰にも何も言われない。
寝不足の目をこすって出勤する必要もない。
仕事をすればするだけ収入になる。
平日の昼間から温泉につかる。
ふらりと気が向いたら旅行に行く。
趣味の音楽や小説に没頭する……。

とにかく時計やカレンダーを気にする必要がなくなった。
エントリーシートや面接の出来が人生最大の心配事になっている学生たちや、毎朝の毎夕電車に殺到する灰色のスーツの群れに交じると、なんだか自分が全く別の社会に住む住人になったような気がした。


ただ、自分で稼ぐということは、何も保証がないということだから、常に漠然とした不安はある。
稼ぎ続けなければならないという重圧。
こればかりは逃れようがない。
それこそ一生分のお金をさっさと稼いでしまわない限り。

でも、仕事自体は面白いから特にストレスにはならない。
半ば趣味みたいなものだ。
目標も、作業内容も、稼ぐ金額も、働く時間も、すべて自分で決められる。
会社に雇われて時間や目標を徹底的に管理される労働者とはまったく別の論理で動く世界だ。

収入は安定はしていないし、将来的にはどうなるかはわからないけど、安定だけを生き甲斐に奴隷みたいに働いていた以前のバイト先の社員たちよりは、人生を楽しめているんじゃないかなとは思う。
posted at 01:31


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カテゴリー:日記
エントリー:会社
2009年10月25日

就職することのリスク

僕がネットビジネスだけで食べていくと宣言したとき、周囲は憐憫と侮蔑の入り混じった目で僕を見た。

当時僕はせどりというビジネスでどうにか月15〜20万を稼ぐ程度だった。

誰も応援などしてくれず、皆リスクが大きすぎるからやめておけと分別臭い顔をして僕を諌めた。

今は稼げていても、将来はどうなるか分からない、ちゃんとした会社に就職をして給料をもらえ。

それが彼らの口癖だった。

それでも絶対に就職はしないと言うと、母親は息子の気が狂ったと言って泣いた。

賃金労働を崇める親親戚の中にあって、僕はただの異常者に過ぎなかった。



そして現在、僕は普通のサラリーマンよりもはるかに大きな金額を稼ぐようになった。

あまり稼いでいる稼いでいると自慢げに吹聴して回るのも子供じみているので、親戚にはかなり控えめな金額を伝えているが、それでも僕の仕事を認める人たちも出てきた。

両親にとって僕は異常者から英雄に昇進した。

しかし年配の親戚などは、やはり僕の仕事をリスクが高いと言い、ことあるごとに就職をすすめてくる。

もちろん僕は今の仕事が気に入っているので、就職なんかする気はさらさらない。

金銭的・時間的自由をあえて捨て、個性や感性を徹底的に圧殺されるこの国のふさげた労働環境へ自ら飛び込んでいくことなど、正気の人間のなせる業ではない。




僕は常々疑問に思っていることがある。

リスクリスクと彼らは言うが、一度きりの人生、その大半を会社に支配されることはリスクではないのだろうか?

最低限の衣食住さえ保証されればそれでもう万事OKなのだろうか(まあ保証されていると信じているあたりお目出度いが)。

趣味も夢も家族も友人も二の次にすることを強要され、ただ生活を維持するのがやっとの賃金のために、会社の言いなりになって来る日も来る日も黙々と働く。

それを当然のことだと自分に言い聞かせ、人間の最も輝かしいはずの時期を労働で消費し尽くす。

そんな生活を受け入れることは、僕にとっては自殺もののリスクだ。

皺くちゃに老いさらばえてから与えられる自由にどれほどの価値がある?



僕らはいずれ近いうちに死んで消滅するのだから、せめて命のある間くらいは自分らしく生きたいもんである。

会社にくれてやるには、僕の人生はちょっと貴重すぎるよ。
posted at 03:27


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カテゴリー:日記
エントリー:就職することのリスク
2009年10月20日

脱サラした

先月末の話だが、兄がついに脱サラした。
これまで何度か触れてきたとおり、兄は32才で妻子もちであるにもかかわらず、手取り20万ほどで雇われ店長をやっていた。
毎日サービス残業4〜5時間は当たり前、ボーナスもなく休みも週に一日しかとれない、典型的なブラック会社だった。

ちょうど僕が月収100万を達成したころ、兄も僕の仕事に興味を持ち始め、ネットビジネスのやり方を教えてくれと頼んできた。
さすがに僕も兄をかわいそうに思っていたから、数日かけてイチから教えてみたところ、いきなりその月に50万以上売上げた(ただし経費が40万)。
二ヶ月目には売上100万を超え(経費60万)、あっさりと利益が会社の給料を上回った。

現金などもっていないくせに、クレジットカードで初月から何十万も投資するあたり滅茶苦茶だが、まあ結果オーライだろう。
まったくリスクなしで人生変えるなんてそもそも不可能だ。

今彼は毎日昼過ぎまで寝て、映画見たりネットカフェ入り浸ったりゲームしたり、存分に怠惰を味わっている。
が、さすがにそろそろ暇を持て余してきたらしい。
しょっちゅう娘を連れて用もないのにうちへやってくる。
この前一緒にお好み焼きを食べに行った。
寿司は食い飽きたと言っていた。
抑圧されていた反動か、最近兄は金遣いが荒い。
posted at 04:15


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カテゴリー:日記
エントリー:脱サラした
2009年10月10日

自由

最近自由を少し持て余してきている。

とにかく時計が必要のない生活だ。

寝たい時間に眠り、起きたい時間に起き、遊びたいときに遊び、食べたいときに食べ、気が向いたときにちょっとだけ仕事をする。

が、僕は自由でも友人などは皆仕事があって、普通に残業残業していたりするわけで、結局僕は一人で何かをしているしかない。

本を読むのは好きだが、毎日毎日朝から晩まで本を読んでいられるはずもなく、エレキベースを買って音楽をはじめてはみたものの、何時間も弾いてると指が痛くて続けられなくなる。

一応小説で賞をとりたいという野望はあるのだが、最近ちょっと行き詰ってしまい、筆が止まっている。

漫画喫茶に通うのも飽きた。

日々に何か変化が欲しいのでる。

かといって自分から何かに雇用されようという気はまったくない。

残業サラリーマンを羨ましいとはちっとも思わないからだ。

今の生活もなんとなく満たされていない感じはあるが、僕が昔勤めていたアルバイト先の社員よりは幸せである自信がある。

毎日毎日変化なく奴隷労働というのは、もっとも忌むべき生活スタイルのひとつだろう。

音楽学校にでも行って真剣に音楽の勉強をするのもいいかなとも思っている。

音楽もやり始めるとかなり楽しい。

まぁさすがにこれは費用がでかいので、もうちょっと様子を見るが。

今月は一人であちこち旅行してみるつもりだ。

友人に誘われて再度東京にも行く。



先日24歳になってしまった。

刻々と中年と呼ばれる時期が近づいてくる。

人生の最も輝かしい時代を、無意味に消費したくはない。

労働だけで終わらせるなんて言語道断である。

若いうちにしかできないことを、たくさんやっておきたい。

posted at 23:30


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カテゴリー:日記
エントリー:自由
2009年07月26日

夢は働かないこと

あなたの目前の夢は? 20歳の63%は「就職すること」
20歳の人にとって、目前の夢は何だろうか? ビザ・ワールドワイドの調査によると、最も多かったのは「就職すること」(63%)、次いで「海外での経験/体験」(10%)、「社会貢献」(4%)であることが分かった。

 「卒業を控える人が多数いる20歳にとって『就職』というのは、目前にある夢であるとともに『なりたい自分、やりたいことを達成する』ための第一歩と言えるかもしれない」(ビザ・ワールドワイド)

http://money.jp.msn.com/newsarticle.aspx?ac=IT20090721035&cc=07&nt=25




僕の夢は就職しないことだった。

だから、こうしたニュースを目にするとほとほと驚嘆させられる。

来る日も来る日も朝から晩まで同じような業務を繰り返し、上司や客のご機嫌取りに血道をあげ、些細なミスも許されず、趣味に傾ける時間を奪われ、家族・恋人・友人すらも二の次にして、一度しかない人生を赤の他人が経営する会社のために消費する……。

どうしてそんな生活を手に入れることが夢だと信じられるのか。

僕にはちょっと、理解に苦しむ。

会社で雇われる以外の選択肢なんて存在しないかのように目隠しをされて成長してきた結果だろうか。

親や教師の言うことを疑ったこともない「真面目」な子供たちは、日々学校で血と肉でできた働く機械になるためのスキルを磨き、大人になった途端会社という懲役施設の中へ喜び勇んで飛び込んでいく。

なんとも嘆かわしい話である。

資本主義成立以来、あらゆる国で繰り返されてきた悲劇である。



ポール・ラファルグの「怠ける権利」という本を読んだ。

彼はマルクスの娘婿で、1日12時間〜14時間労働が普通だった当時において、1日3時間労働を提唱した異端者である。

「怠ける権利」「資本教」「売られた食欲」という三部構成だが、全編にみなぎる労働への憎悪は凄まじいものがある。

このブログに共感できる方ならまず楽しめると思うので、ぜひ読んでみていただきたいものである。
posted at 05:33


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カテゴリー:日記
エントリー:夢は働かないこと
2009年07月14日

労働教

僕は文芸部に所属していた。

狭い部室の一角に、ゲームコーナーが設けられていた。

小さなテレビが2台並んで置かれ、部員が持ち寄ったプレステやニンテンドー64などのゲームがところ狭しと並べられていた。

昼休みや夕方になると、男たちがどこからともなく蛾のように集まってきて、ゲームコーナーは賑わった。

その頃、文芸部の部員は次の3つのタイプに分かれていた。

1つめは、文芸部のくせに小説などほとんど読まず、ひたすらゲームをするために部室に通いつめる者。

2つめは、部室を勉強や団欒、空きコマの時間つぶしの場として使用する者。

そして3つめが、小説を読んだり、執筆したりするために部室を使用する者である。

僕は3つめのタイプに属していたが、これはもっとも少数派であった。


部室は読書の場としては必ずしも良い環境とはいえなかった。

すぐ近くのゲームコーナーではでかい大人たちが絶叫し、身体をぶつけ合い、コントローラを奪い合っているのである。

やけに太った男とガリガリの男が多く、夏場に近寄ると強い汗のにおいが漂ってきた。

よく部室に入ってきた女たちが「くさい、くさい」と喚いて窓を開けていたものだ。


その頃僕は小説で賞をとるために必死で、少しでも時間が空けば小説を読み、バイトの合間をぬって執筆に明け暮れていた。

テレビの前で気ちがいのよう笑い転げる男たちを尻目に、同じ文学を志す友人と議論を戦わせたりもした。

僕にはあまりにも時間がなかった。

なんといっても通常の学業に加え、毎日8時間以上の貴重な時間を皿洗いのために空費していたのである。

疲れ果てた体に鞭打って、夜遅くまで小説を書いた。

僕の作品を激賞してくれる文学教授もいた。

僕にとって小説家になることとは、夢であると同時に、この国の異常な労働システムから抜け出す唯一の道だった。

親の仕送りを受けて、朝から晩までゲームをしている男たちのことを、僕は羨ましく思う一方、軽蔑もしていた。

彼らの人生はそうして暇つぶしをしているうちに終わるのだなと思っていた。



大学四回生の春、僕が部室のパイプ椅子に座って小説を読んでいると、就職の話題が出た。

ちょうどその数日前、大学の近くで合同企業説明会が開催されており、その場にいた僕の同回生は皆それに参加していた。

参加しなかったのは僕だけだった。

周りの人間から、参加しなかった理由を色々とたずねられた。

会社に雇用される以外の選択肢など想像さえしたこともないような学生たちの中で、就職活動に不熱心な僕はあまりにも異端だったのである。

僕は会社のために働く機械にはなりたくないということ、自分の趣味も大切にしたいというようなことを答えた。

すると、それまで背中を丸めてゲームをやっていた僕と同回生の男が、「君ってほんとにダメな奴だよな」と蔑むように呟いたのである。

彼は暇さえあれば部室でゲームをし、コントローラをガチャガチャいわせてけたたましく笑う男たちの一人だった。

「お前に言われたくないよ」と僕は反射的に言ってしまった。

すると彼は、「俺就職するし。もう内定もらってるし」と勝ち誇ったように笑ったのである。

普段は温厚な僕も、このときばかりはぶちキレそうになった。

手に持っていた小説が、力の入れすぎで大きくたわんだほどである。

自分を高める努力など何もせず、ゲームで時間を潰すことしかしてこなかった男が、名もない企業から内定をもらったという、ただそれだけのことで僕のことを見下したのである。

賃金労働者としての身分を約束されたことが、それほど誇らしいことなのか?

ぶん殴ってやろうかとさえ思ったが、怒り出したところで誰にもそれを理解してもらえないことは分かっていたので、黙って引き下がるしかなかった。

今思い出しても腹立たしい話である。


その後、彼は卒業し、僕は大学に残った。

今頃彼は月給20万かそこらの賃金を得るために、来る日も来る日も会社に自分の労働力と時間を提供しているのだろう。

念願の労働者になれて、彼は今満足だろうか?

一度会って訊いてみたいものである。


posted at 03:49


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エントリー:労働教